誰もが安心して働ける風土づくりを 仕事と介護の両立をめざすプロジェクトをスタート
日本の超高齢化社会が目前に迫る中、経済産業省は2030年にビジネスケアラーが318万人になるという推計(*1)を公開し、その支援策の指針を検討しています。当社にとっても、介護に伴う生産性低下への対策や離職者をつくらないための取り組みは、持続可能な経営の面でも欠かせません。
2022年度、アイデアソンを全社で実施した結果、最優秀テーマとして選ばれたのが「仕事と介護の両立」でした。一人ひとりが思いのうちを語り合うことから始まった社内プロジェクトにおいて、誰もが安心して仕事を続けられる風土づくりをめざした新しい取り組みが、共感の輪を大きく広げています。
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部
エグゼクティブエバンジェリスト
事業戦略本部 担当本部長
伊藤 直子
ソフトウェア製品開発、ネットワーク・セキュリティのSEを経て、2015年から働き方改革のプロジェクトに加わる。社内の改革推進とともに、その取り組みを生かし、企業の働き方改革をITで支援する事業に従事。2023年から「仕事と介護の両立」をめざすプロジェクトを主導的な立場で推進している。
株式会社日立ソリューションズ
営業統括本部
通信・社会営業本部 部長代理
天川 博史
2022年に実施した全社員参加型のアイデアソンで、自らが発案した「仕事と介護の両立」に取り組むアイデアが最優秀優勝賞を獲得。着目した社会課題である「高齢社会における介護」を、身近な話題として定着させることに貢献。業務のかたわら、誰もが安心して働ける環境をめざし、プロジェクトの進展を見守っている。
「これからは介護でしょ」 我が子の問題提起からはじまった サステナビリティへの挑戦
天川:新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、当社では、いち早く在宅勤務に切り替わりました。不安だけが先行し、世の中がまだ騒然としている頃に、自宅で安心して働けることにとても感謝しました。従業員を大事にしている、良い会社だと改めて思いました。
オンラインによる社内イベントも開催されるようになり、気分転換のつもりで視聴したり、参加したりするうちに、SXへの取り組みへ徐々に興味がわくようになりました。なかでもアイデアソンは、面白そうだなと思いました。実はそれまで、全社的な取り組みとして、SXプロジェクトを推進していることは知っていましたが、どちらかと言えば、傍観者でした。
アイデアソンは、社会課題の解決に貢献する未来の事業や、社会貢献活動のアイデアを募集するもので、チームでエントリーしてもいいし、一人でトライしてもかまいません。会社を盛り上げることにつながるなら、アイデアだけでも出してみようかな。そう思いたち、何か良いアイデアはないかと家族に相談してみたのです。
我が家には、二人の男の子がいます。その当時、中学1年生と小学校の3年生でした。SDGsについて聞いてみると、学校の授業を通じて、たくさんの知識を持っていることに驚きました。
次男のアイデアは、ITの力で森林を守る仕組みをつくってほしいという、小学生らしい微笑ましいものだったのですが、続く長男の発言には思わずびっくりしました。口を開くなり、「これからは介護でしょ」と言ったのです。「いつかは自分たちがやるようになるんだよね、介護」。我が子の口から飛び出した言葉に少なからず衝撃を受けました。
介護という言葉には、どこかネガティブな印象を持っていたのですが、前向きにとらえ直してみると、どんどんとイメージがふくらんでいきました。食べ物をオンラインで注文・配達するプラットフォームが脚光を浴びていたときでもありました。あんな風に介護サービスも手軽に受けられるようになると便利でいいね。そんな会話が、アイデアを応募するきっかけになりました。
伊藤:アイデアソンには総数で100件を超える応募がありました。サステナビリティアイディアソンの部門で最終選考に残ったのは7件。全従業員の8割を超える投票の結果、最優秀賞に選ばれたのが、天川さんが発案した「仕事と介護の両立」をテーマにしたアイデアでした。
天川:一次選考を通過した時点で、自分に投票してくれた人のコメントを見ることができます。うれしいことに、たくさんの応援メッセージをいただきました。その中には、「今まさに介護に直面している」、「介護していた親はもう亡くなってしまったけれど、もしあの時、こういう取り組みがあったら・・・」といったものがありました。実際に介護に携わっている人、さまざまな悩みを抱えている人に、少しでも何かできたらいいな。そのきっかけになりたいとの思いを強くしました。
伊藤:私は2015年以降、働き方改革に携わってきました。育児中の人、ご自身が病気とたたかっている人など、たくさんの働く人たちを見てきました。皆さん、抱えている事情はさまざまです。今回のテーマである介護は、働き方改革の視点からも大きな課題の一つです。
高度経済成長期を経て人的資本経営へと時代は大きく変化しました。個々人にフォーカスし、その価値を最大限に引き出すことが経営に求められるようになったのです。労働人口の減少という社会背景も加わり、それまで見過ごされてきた個別の事情や、排除される傾向にあった価値観にも注意が向けられるようになりました。女性がパフォーマンスを発揮しやすい制度の拡充も急ピッチで進められました。
次に克服すべき課題は介護。今後、当社としても関わる人が増えていくのは目に見えています。ここに光をあてて、本人が希望しない介護離職者を出さない取り組みと、従業員一人ひとりの才能を充分に活かせる体制の整備は、まさに急務といえるものでした。
大反響のトークイベントから 話せる“介護”が幕を開けた
伊藤:正直、社内における介護の実態がよくわからず、どこから手をつけようか悩みました。手探りの状況で最初に仕掛けたことが、全従業員が参加可能なオンラインによるトークイベントでした。「介護というテーマで人は集まるのだろうか?」その不安は、開幕と同時に吹き飛びました。参加者229名。予想をはるかに上回る大反響でした。
トークイベントの最中もチャットが途切れず、多くの参加者より、たくさんのコメントを投稿してくれました。「自分のときはこうだった・・・」。チャット同士で次々と話が盛り上がっていく場面もありました。コミュニティのような親密な雰囲気の中、150超のコメントが寄せられました。
これほど多くの人が話したい、知りたいと思っていたことがわかり、介護への関心の高さを思い知った瞬間でした。
トークイベントは回を重ねるごとに社内の各所から、「実はわたしも」、「ぼくも」と言った声が続出しました。なによりも、「会社で介護の話ができることがいい」という声が聞かれるようになったことは、最も大きな変化の一つだと感じています
確かな手応えをバネにコミュニティを開設 プロジェクトに弾みをつける
伊藤:具体的に進めていくにあたり、プロジェクトとしてどこに向かうべきなのかを定めようと思い、ありたい姿を考えました。①状況を知る、②リテラシーの向上、③意識変革、④現状の共有によるオープンな風土づくり、そしてこのプロジェクトの目的である⑤介護と仕事の両立。5つのカテゴリーに分類し、それぞれの目標を実現するために必要な項目を洗い出し、具体策へと落とし込んでいきました。
まずは正確な状況把握をめざし、介護リスクの見える化を目的とした「介護と仕事の両立支援システムLCAT(*2)」を導入、全従業員を対象に実施しました。診断結果で特徴的だったのは、介護の知識、両立に関する知識が充分にある人とそうでない人との差でした。介護に直面した際、知識がある人の65%は仕事を続けていけると思うと回答したのに対し、知識を持っていない人は3割強でした。またその際に相談する相手は、上司が8割、人事が6割という結果でした。個人が知識を持つ重要性はもちろんのこと、管理職にも高いリテラシーが求められていることを再認識する結果となりました。
天川:皆さんからの要望もあり、社内において「介護も! 仕事も! コミュニティ」が開設され、現在200名以上の従業員が参加しています。
プロジェクトの当初のアイデア段階では、ケアラー同士がつながる情報基盤のようなものができればいいなと思っていたのですが、こうしたカタチで想いを実現することができ、とても嬉しく思っています。
実は今回、発案者の私には、リーダーとしてプロジェクトを担うという選択肢も会社から与えられていました。でも私は仕事との両輪で、プロジェクトに関わっていきたいと思い、従来どおり営業職を続けることにしました。
日々の業務に追われ、今までこうした取り組みには反応が薄かった同僚などが、私のアイデアが最優秀賞に選ばれたことを機に、プロジェクトを応援してくれるようになりました。
発案者としての目線と現場で働く目線、双方を通して活動させてもらっていることに感謝とやりがいを感じています。
介護というテーマならではの難しさを感じた点はありますか。
伊藤:ある程度、ステップが決まっている育児などとは異なり、介護の状況は千差万別。すべてがイレギュラーです。とても多様であり、他人には知られたくない機微な事情や心情を含んでいます。介護に正解はないことを肝に銘じ、事務局だけなく、従業員同士の会話やコミュニティ参加者にも発言には注意を促しています。
介護は決してマイナスなことではありません。周囲の意識を変えていくことが大事ですよね。助けてあげようというのではなく、一緒に考えていくというスタンスで関わっていきたいと思っています。
天川:自分の周りにも、「実は自分も・・・」という人が少なからずいました。イベントの最後の挨拶に立たれたトップ層から、思いもしなかった介護の体験談が打ち明けられたこともありました。想定以上に多くの人が、問題を抱えながら口に出せずにいたことを知りました。
担当しているお客さまの中にも、同様のテーマの仕組み化やビジネス化を模索している企業があり、情報を共有し合っています。
伊藤:社外活動の主な取り組みとして、仕事と介護の両立に取り組む業界横断型コンソーシアムであるECCクラブ(Excellent Care Company Club)に加入しました。企業を超えたつながりの中で、社内の意識改革にも良い刺激がもたらされることを期待しています。女性活躍や男性育休といった、国の施策に呼応した取り組みを実践している参加企業の皆さまと連携を図ることで、社会に有意義な影響を及ぼすことにも貢献できればと考えています。
天川:アイデアソンは、とても良い取り組みだと感じています。継続して行うことで、多くの人が社会課題を考えるきっかけになればいいなと思います。
私の場合、SDGsを自分ごと化できるようになったことは、大きな変化だと感じています。家族で語り、社会課題に挑むことができ、貴重な経験になりました。またこれを機に、両親が介護にどのような想いを持っているのか、話を聞くこともできました。
伊藤:アジリティの強化にも直結する重要なテーマが、アイデアソンから生まれてきたことに意義を感じます。
お父さんやお母さんの会社、その仕事を理解できる機会は多くはありません。今回の天川さんのケースは、こうした情報を自然にシェアした点も良かったですよね。
社会のあらゆることがテーマにできるのですから、入社したての新人にも等しく機会があります。どんな人の話も受け入れる風土だよという証明にもなり、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上にもつながっていると思います。
誰もが幸せを感じられる社会の実現へ ITが果たす役割はますます大きくなる
どんな役割を果たしていくと思いますか。
伊藤:これから先、高齢者や障がい者、地方にいる人など、一見ITの活用にハードルがあると思われる人ほど、多くの恩恵を受けられる可能性があると考えています。病院から離れた地域に住む人がリモートで治療を受けたり、手が不自由な方が音声で入力したり。高齢者がパワースーツを着て、スイスイと歩く姿が当たり前になるかもしれません。ITを意識することなく、便利に使いこなせるような技術革新がさらに進んでいくと思います。
天川:ITの恩恵をあらゆる人が享受できるように、信用性の高い仕組みをつくっていくことも大切だと感じています。介護へのIT活用もさらに進化していくことでしょう。介護される人の暮らしが楽になれば、介護する人の負担も軽減されます。
幸せな暮らしにITが貢献できることはますます増えていくと思っています。
伊藤:ITや介護サービスに託せることは任せ、介護する側とされる側、双方にとっての幸せを増やすという考え方がとても重要だと感じています。誰もが幸せを感じる社会をめざすことが、仕事と介護の両立につながると確信しています。
*2: Lyxis Care Assistant Tools、株式会社リクシスが提供する仕事と介護の両立支援システム