コラム
建設業向けソリューション
本コラムは一般社団法人日本建設機械施工協会が発行する機関誌「建設機械施工」2022年5月号に掲載された記事をベースに加筆・修正されたもので、3回に分けて掲載します。
【連載】ICTを活用した労働安全衛生の最新動向
~情報をつなげば「安全」と「生産性向上」は両立できる~
第3回 労働安全衛生マネジメントシステムのPDCAサイクルを効率化する仕組みづくり
連載第1回ではヘルメットに装着可能なセンサーデバイスを用いた作業員安全見守りについてご紹介し、連載第2回ではカメラ画像を活用した「安全装備チェック」や「不安全行動監視」などについてご紹介しました。それらは「不安全な状態」や「不安全な行動」を検知するものとなりますので、安全衛生活動のPDCAサイクルで言えば“C(Check)”に相当するものです。しかしながら“C(Check)”だけでは安全対策としては不十分です。今回はICTを活用することで、より効率的かつ確実に安全衛生活動のPDCAサイクルを回すための仕組みについてご紹介します。
厚生労働省の労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の指針に基づき、各企業は安全衛生業務を行っています。OSHMSが効果的に運用されれば、安全衛生目標の達成を通じて事業場全体の安全衛生水準がスパイラル状に向上するわけですが、実際には効率的にPDCAを回せていないという課題を持っている企業は多いと思います。管理部門と現場部門が情報連携したPDCAを回すことができていないと同じ災害が繰り返されることになります。実際に近年の災害では類似災害の割合が非常に高いと言われています。災害の再発防止に向けてまずやるべきは過去の災害事例を適切に管理して、それを作業員が学習して理解することが重要です。このテーマでさまざまなお客さまと会話したところ「管理」と「学習」に問題が多いことが分かってきました。
「管理」においては災害報告書をエクセルで作成してファイルサーバーで保管している企業が多く、重要な情報を活用できていないのが現状です。「学習」においては集合教育での座学が多いため、座学で学んだことは忘れてしまいがちという受講者の意見をよく耳にします。この問題を解決するためには日々の危険予知活動(KY活動)の中で災害事例を学習することが望ましいという結論に至りました。「KY活動においてICTをどう活用するのか」について一部をご紹介します。実際の利用シーンとしてはKY活動においてスマートフォンで、今から実施する作業名で検索するとその作業における災害事例およびリスクと対策がすぐに参照できます(図―1)。
図―1 KY活動におけるICT活用のイメージ
この情報をグループのメンバーと共有することが実践的な学習となり注意すべきことが記憶として定着します。このほかにも「事故の型」や「起因物」などの条件で検索することも可能です。検索対象データは建設業労働災害防止協会の災害事例にくわえて導入企業の災害事例を登録することになります。このサービスは災害事例検索だけでなく、災害発生時やヒヤリハット発生時の報告を効率的に行うこともできます。特にヒヤリハット報告書の作成は作業員にとって「面倒なもの」となりがちですがスマートフォンでなるべく選択式でデータ入力を行い、必要な項目だけを文字入力することで報告が完了すれば、ヒヤリハット情報は量・質ともに向上が期待できます。継続的に利用されるためにも、現場がスマートフォンで簡単に安全に関する情報を閲覧・入力できる仕組みであることは極めて重要となります。収集したデータは棒グラフや円グラフなどで可視化・分析して再発防止策の検討にも活用できます。実際に導入いただいたお客さまは、今まで集計・分析レポート作成に2週間かかっていた作業が効率化できたと喜ばれております。少し話は変わりますが、自然言語処理AIの活用についてもご紹介します。建設業においては施工計画書や業務改善計画書にリスクや対策が記載されているケースもあり、これらを検索対象にしたいとの要望があります。一般的に言えば検索できるようにするために基となるデータベースは手間をかけて作る必要がありますが、安全書類AI検索においてはこれらの書類をそのまま取り込むだけで活用できます。さらに紙の帳票を対象にしたい場合はスキャンしてOCR(光学文字認識)処理することで過去の情報資産も有効活用することができるのです。
情報が多くなるとポイントになるのが「検索」です。検索条件が複雑で設定しづらくなることや検索キーワードが思いつかないこともありますが、そんなときにはこの安全書類AI検索を活用して自然言語で検索するとAIが文書の中から適切と思われる箇所を探し出して回答してくれます。例えば「足場組立作業時のリスクは?」と自然言語で入力すると「開口部からの転落です」「ほかには足場材の落下などがあります」などと回答してくれるチャットボットのようなイメージです(図―2)。検索結果に対しては肯定・否定のフィードバックを与えることでAIがより賢くなっていきます。社内の情報資産を有効活用し、管理部門と現場部門が情報を密に連携すれば、KY活動のレベルアップや、安全衛生計画の改善に繋がるうえに、労働安全衛生活動のPDCAサイクルを効率的に回すことができるようになると考えています。
図―2 安全文書検索AIのイメージ
これまで3回の連載でICTを活用した労働安全衛生についてご紹介してきました。ここ数年で安全衛生のDX(デジタルトランスフォーメーション)を検討している企業が増えており、当社への問い合わせ件数も急増しています。導入事績も増えているのでその導入事例をセミナーなどで情報発信しています。また、中央労働災害防止協会や日本経済団体連合会なども最新ICT技術を活用した労働災害防止対策の事例集を公表しておりますので、企業内はもちろん企業間でも成功事例の情報共有を活発化させて全国の労働災害が減少傾向に向かうことを心より願っています。