スマートマニファクチャリングソリューション

「よい設計のよい流れ」のためのデジタルマニュファクチャリングを

「よい設計のよい流れ」のためのデジタルマニュファクチャリングを

執筆者情報

藤本 隆宏(ふじもと たかひろ)
  • 東京大学大学院経済学研究科教授
  • 東京大学ものづくり経営研究センター長
 1955年東京生まれ。1979年東京大学経済学部卒業、株式会社三菱総合研究所入社。1989年ハーバード大学ビジネススクール博士号取得(D.B.A.)。1990年東京大学経済学部助教授。1996-7年ハーバード大学ビジネススクール客員教授、1997年より同大学上級研究員、1998年より東京大学大学院経済学研究科教授。2004年より東京大学ものづくり経営研究センター長。2013年より 一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事。

<主な著書>
 Product Development Performance, Harvard Business School Press(共著、邦訳『製品開発力』ダイヤモンド社)、『生産システムの進化論』(有斐閣)、The Evolution of a Manufacturing System at Toyota, Oxford University Press、『マネジメント・テキスト 生産マネジメント入門(I・II)』、『日本のもの造り哲学』『ものづくりからの復活』(いずれも日本経済新聞出版社)、『建築ものづくり論』(共編著、有斐閣)、『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)ほか。

はじめに

 産業とは本質的に付加価値の流れであり、その付加価値は設計情報に宿る。したがって、付加価値を担う「よい設計」の「よい流れ」を作ることが、産業現場、特にものづくり現場の使命であり、ここにおいて産業競争力とは「流れの良さ」のことである。逆に言うなら、よい流れを生まぬ「先端産業技術の離れ小島」は競争力をもたらさない。

 この原則は、近年話題のIoT/AIにおいても同様である。企業や現場は、流行に振り回されず、「QCT(品質・生産性・リードタイム)の流れ改善のためのデジタルマニュファクチャリング」という産業進化の道を着実に歩むべきである。すでにそうした先進的事例も出現しつつある。本稿ではこれらを論じる。

流行現象としてのインダストリー4.0、IoT、etc.

 IoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、ロボット、インダストリー4.0など、デジタルマニュファクチャリング革新に関する議論は近年極めて盛んであるが、これらには、高揚と幻滅を伴う流行現象(Hype)という側面と、着実な産業進化の側面とが共存している。

 たとえば、ドイツ発のインダストリー4.0は、「ドイツではすでに自動化工場がインターネット常時接続のコネクテッドファクトリー状態で、日本は周回遅れだ」と日本で報道され騒ぎになったが、ドイツの関連学会に出席して「日本ではそういうことになってるよ」と話したら、同国政府の4.0関係者は笑って曰く、「あれは現実ではなく、ドイツが得意のバックキャスティングでまず描いた大きな未来図だよ。むしろ、それ無しで利益も輸出も達成できているミッテルシュタント(中堅企業)は、『つなげばかえってプラットフォーマーにデータを取られる。余計なことはせんでくれ』と言い、4.0に乗ってきてくれないんだ。」

 一方、この未来図に乗ってきたのは、賃金高騰でお手軽な自動化を切望していた数多の中国企業であり、この需要を取り込んでシーメンスやSAPのモジュラー式(いわばレゴブロック式)のデジタルマニュファクチャリングは中国で大うけしている。つまり4.0は、ドイツ国内向け中小企業政策としては不成功、しかしB2Bの対中輸出戦略としては大成功という構図だ。

 IoTに関しても、実際に企業が試みる典型例は、「発信機付きセンサーを工程の要所に設置し、モノからデータを取ってサーバーに飛ばし、ディスプレイ上でデジタルに『見える化』し、新たな気付きを得て異常予知や早期対応につなげ、成果を出す」というパターンだろう。確かに、ビッグデータをインターネットのクラウド上のAIに食べさせて、これまで気づかなかった関係性を発見するというケースもあるが、モノからとったデータをすべてインターネットに乗せるとは限らず、むしろ工場内の設備間・工程間のフィールドバス、イーサネット、イントラネットなどで完結するケースも少なくない。要するに、上記の実態から言うなら、IoT(Internet of Things)という言葉は正確でなく、本質はIfT(Information from Things)つまり「モノからデータを取ること」であろう。

 このように、IoT/AIには、「何かやらなきゃ流行に遅れる」と焦る側面がどうしてもある。「とにかくデータを取れ、見える化しろ、成果を出せ」といった上からのプレッシャーもあり、ボトルネックにない設備での予知保全や稼働率アップなど、成果の出やすい部分最適に走るケースも見られる。

IoT/AI活用の目的は「QCTの流れ改善」である

 しかし最近は、ものづくりの本質論に立脚したデジタルマニュファクチャリングを進める先導的な企業や現場も日本に増えてきた。具体的な事例はほかに譲るが、先行事例に共通する特徴を抽出してみよう。まず、IoTにせよAI活用にせよ、それを自己目的化せず、まず「顧客に向かう付加価値のよい流れを作る」という広義のものづくりの原点に立ち返り、「よい流れ作りのためのIoT/AI」という本質論的な視点を持つこと、これが基本形である。

 「よい流れ」づくりとは、要するに製品開発から生産、工程から製品への設計情報の転写(流れ)の精度・密度・速度を不断に高めることで、「裏の競争力」であるQCT(品質、コスト・生産性、リードタイム)、さらに「表の競争力」である顧客満足、価格、納期の改善を行うことにほかならない。実際、発信機付きセンサーなどを付けて「流れ」をデータ化し、意味づけして情報化し、見える化し、気づき、予知し、早めに手を打つ、という一連のIoT(IfT)改善においては、①不良予知(各工程のQ改善)、②故障予知(各設備の稼働率アップによるC改善)、③仕掛品の「渋滞」予知(全体最適のT改善)が、目下のところ3本柱であろう。

 しかし、ボトルネックにない設備の稼働率アップは全体最適に貢献しない。まず優先すべきは③「全工程の渋滞予測」ではないか。例えば、設備の稼働・不稼働や仕掛品の通過・不通過を検知する安くて簡単なセンサーを全工程につけ、リアルタイムのデータ収集によりアップデートされ刻々と動くサイバーフィジカルなデジタル空間流れ図(プロセスフローダイアグラム)と時間流れ図(いわゆる列車ダイヤ図)で仕掛品の渋滞予測を常時行い、早めに手を打つことで、多品種生産における「稼働率とリードタイムのトレードオフ」を大きく緩和できるかもしれない。これは、安いセンサーと発信機でも可能で、よって中小企業も導入可能とみる。

 比較的明瞭な工程が多数ある加工組立の現場では、サプライヤーも含め、こうした全体の流れ把握をまず行い、ボトルネック特定後に個別工程の予知保全や予知品質管理に進むのがよい手順だろう。他方、流れは比較的明確だが、反応器内の分子の振る舞いに、なお不明部分が多いプロセス産業系の場合は、個々の反応器にさまざまなセンサーを設置し、AIも必要に応じて活用しつつ、反応器内の未知の世界を可視化することにも力点が置かれよう。

 このように、加工組立系とプロセス系ではやや異なる傾向はあるが、「よい設計のよい流れ」のためのデジタルマニュファクチャリングという基本スタンスは共通と思われる。

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